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被災地:岩手県大槌町吉里吉里

  
  
     
     たくさんのコメントいただいているのに、なかなか返事もできず
     本当にごめんなさい。
     今晩から少しずつ進めます。。。


     実は、何日か前までバタバタというか、アタフタしておりました。
     やっと、少し落ち着いたので更新する気持ちになりました。
     今日はいつもよりさらにダラダラ長いので、お時間のある方だけ
     下の【続きを読む】から読んでいって下さい。




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     事の発端は、弟たちからの早朝の電話でした。



     ”もうすぐ姉ちゃんの所なんだけど、よってもいい?”

 

     私には弟と妹が何人か居るんですが、そのうちの一番下の弟。
     33にしてまだ独身ですが、今年中にもゴールインしそうな彼女がいます。
     とてもしっかりしていて、ダメダメな末っ子を引っ張っていってくれそうな子。
     はじめからうまく行ってくれたらいいなと思っていました。



     前回アップのときは忘れていたのですが、彼女は東北・岩手出身。
     しかも、話を聞くと、彼女の出身地は大槌町という海のそばの町。
     実はこの町、住民1万6千人のうち、1万人以上が未だ消息不明




   家、車、船・・・ すべてが飲み込まれてしまいました。
                  写真はすべて、弟が現地で撮ってきたものです。ヒデ、勝手に載せてごめーん!!


     
     大きな地震の後、たった30分で津波が来て町を飲み込み、
     その後さらに火事が起こってしまったらしいのです。
     テレビの映像にもかなりの頻度で出ていましたが・・・
     それはそれは酷いものでした。
   


     さらに悪いことに、彼女の家は吉里吉里という美しい海辺の町。
     道路一本はさんだ反対側は海で、波の音が聞こえる場所だという。
     


     そして、今もそこに住んでいるはずのお父さんと、
     地震以来連絡が取れない、と。
     避難所の避難者リストにも、ぜんぜん名前が載らない、と。
    


     我が家にやってきてからも、テレビのニュースを見ながら涙する彼女に
     正直かけてあげる言葉もありませんでした。
   


   観光バスでしょうか。皆様の無事を祈ります。
 

     とりあえず、情報がまったく無く、状況がぜんぜんわからないので
     お父さんを探しに行くことにした、とのこと。
     気持ちはとてもわかります。
     私が彼女でも、きっと同じ事をすると思う。



     被災地に行く場合、被災者の方たちの迷惑にならないために
     完全防備、車の中で寝るつもりで、食事は全部持参で行くことが必須。
     彼らは自分たちの山登りのザックから、お父さんへの洋服、食料、薬
     いろんなものを車に装備して我が家にきました。



     問題はガソリンでしたが、帰りの分のガソリンを持っていくことを条件に
     こちらでバックアップすることを決定。
     とりあえず家にあったカップラーメンや水、軍手の束、
     たくさんのおにぎりなどを持たせ見送りました。



     私は、たまたまうちにあった東北地方の地図とPCを広げながら
     各地の道路状況とお父さんに関する情報集めを始めました。



     今は被災者情報がネットがかなり早い段階でわかるので、
     そちらをかかりきりでチェック。
     岩手県のホームページは重すぎて開きませんでしたが、
     こちらのラジオ局のページは早かった。IBCラジオ安否情報



     でもね、お父さんの名前、いくら探しても出てこないの。



     もうひとつ、Googleの安否情報もかなり情報が早いって聞いてたけど、
     Google Person Finder(日本語)

     こっちにもでてこないの。何度検索かけてもひっかからない。
     気持ちは沈む一方でした。



   やっとあけられた道路。右も左も瓦礫の山。
 


     今は福島も原発でかなりやばい状態。
     そこで、弟たちは我が家(栃木県)に寄った後、
     北上しながら西に行き、山形を通って秋田の横手に出ました。
     そちらで一泊し、翌日東にむかい、釜石から吉里吉里へ。



   
大きな地図で見る


     その間も、私は親戚や会社に電話。
     どこにかけてもつながらない。 
     鳴っている事もあるけど、もちろん誰も出ない。
     これが災害発生から4、5日目のこと。



     次の日、それまで何度かけてもつながらなかった釜石の会社に
     応答がありました。



     ”今朝から釜石は電話が通じるようになったんです。”
      という社員の方の声に、涙がでそうでした。
      お父さんの名前を出したところ



     ”津波当日は釜石に居たはずですよ。”
と。


     ”社員の一人がお父さんと避難所であったといっていました。
      津波が来た後のことだったと思います。”




     うれしかったですね。 本当に。
     うれしくて電話口で大声でありがとうありがとうと怒鳴ってました。



     それを今度は彼女に報告。
     彼女もまずは、生きていると思うという望みがもてたかな。
     でも、実際会うまではやっぱり不安だったと思う。
     
     

   避難所を示すサインまでがつぶれてしまっている。

     
     その後、横手から遠野を過ぎたあたりで、
     彼女たちとの連絡も取れなくなってしまいました。
     これは、事前に聞いていたから想定内。
     それでもやっぱり、心配なものです。



     そして、彼女たちとの連絡が取れなくなったすぐ後、
     釜石の会社の方から電話が。



     ”お父さんのこと、もう少しわかりましたよ!
      吉里吉里で親戚のお宅に避難しながら
      重機動かしてバリバリ働いていると、会社の人間が言ってました




     この知らせ、どんなにかうれしかったことでしょうか。
     津波の後の目撃情報もうれしかったですが、それでも”もしかして・・・”という
     不安はなかなか払拭されませんでしたから。



     彼女たちにはすでに電波が届かなくなっていたので、
     これを知らせられなかったのが非常に残念でした。
     でも、狭い地区だということなので、きっとすぐにわかるだろうとのお話。
     この日の夜は、前日よりもよく眠れました。



   高いところの窓の中にまで、瓦礫が詰まっています。あそこまで水が上がったということです。


     それにしても。



     どうやら、親戚宅や自宅で生活している人は、
     避難所に設置してある避難者名簿には載らないので、     
     避難者安否情報のリストから完全にもれていたらしいのです。
     (そして今もなお、リストには載って来ません・・・)



     そして、リストに載っていないがために避難者用の食料も無いらしい。
     これは、早めに改善していただかないと。



     徐々に電話や電気も復活してきたりしているようですが、
     吉里吉里はまだのようです。
     


     お父さんと久しぶりの再会をした後、一晩だけ親戚宅でお世話になり
     翌日帰路についたそう。 
     また逆ルート。 8時間の雪道ドライブが、かなり疲れたようで。



     でもね、行きの時とは違い、すこし安堵の顔つきだったように思います。
     玄関口で彼女の顔を見たとき、思わず涙が出てしまいました。
     お父さん、ほんとよかったね。ほんとに、無事に帰ってこれてよかったね。



     家はもちろん流されて、2階部分だけが少し残っていただけだったと。
     お父さんも、もう同じ場所に家を建てるつもりは無いそうだ。
     でも、町を再建するために働かなくてはいけないから、と
     向こうに残ることにしたそう。 すばらしいです、お父さん。



     残念ながら親戚の方が1人、津波の犠牲になられたそう。
     心からご冥福をお祈りいたします。



   元は線路でしょうか? 橋げたしか残っていません。


     今回の件で、かなり違う目線でこの災害を見ることができるようになりました。



     電話で向こうと連絡がつかないといった状況になったとき、
     同郷の方たちのツイッター情報がかなり有益でした。
     相当長期間放置していたツイッターですが、
     災害時には一番情報が早かったですね。
     いろんな方たちの”つぶやき”を参考にさせていただきました。
     本当に、ありがとうございました。



     なんだかだらだらと書きましたが、こんなことがありましたって話。
     彼女のお父さんの無事がわかった今も、私は大槌情報を追っかけてます。

     

     長文、お付き合いしてくれてありがとう。

    

     
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コメント


こちさん、すごく遅くなってしまったけどご無事でよかったです。

今回のお話、高度情報化社会と呼んでいた日本の、それがいかにもろいかと思い知りました。
googleが頑張ってくれてたのは知っていましたが、あれってNHKの安否情報を含んでたんですね。
NHK教育を見てたとき、この安否確認のシステムがもっと活用できればと思っていたのです。

南三陸、女川、大槌。今まで知らなかった土地。
町がどうなるのか、人々がどうなるのか、それはこれからの住民と政府のサポートにかかってるわけで。
彼女のお父さんの心意気に、精一杯の応援を送りたいと思います。

「生きてるだけでまるもうけ」
大阪のベタな言葉やけど、ほんまにそうやなって感じてます。

東北の人たち

よかったね。でも本当に言葉を失うよね。
避難場所にいらっしゃる方がたいへんなのはよくわかってるつもりです。
でもほかにもたくさんいるんだよね。
「私みたいな障害者が避難場所にやっかいになったら迷惑をかけてしまうから」と1人頑張っている寝たきりの方をテレビで見ました。
東京で買いだめなど自分のことしか考えてない人が多い中被災地の方々のがんばりには頭が下がります。
宮城の父は水道がなく近くの人のために毎日水を町の井戸から運んでいるそう。腰が悪いのに。
電気が通るまでの一週間はおにぎりを配り歩いたそう(ガス釜なの)
母方の実家は半壊状態。でも避難場所が一昨日で閉じてしまい、プレハブの物置で寝泊りをすることに。
まだまだ。でも大丈夫。
そう思って2日に1日、大地と手紙を書いています。

見つかって良かった・・・。
ただそれだけしか言えませんけど、
他の連絡が取れない人もそうであることを祈ります!

そうか、私が落ち込んでたとき励ましてくれたこちさんだったけど
この、真っ只中にいたんだよね・・・そんなことも知らずにごめんなさい。
とにかく、今回のことは本当によかった。
テレビとは違う、報道とはなんだか違うこの写真をみて涙がとまりませんでした。
きっと、この写真は現実だからだと思います。

震災で、津波で、ほんとに大勢の命が奪われたけれど、
「お父さん」は世界でたったひとり、「家族」もひとり。
誰かにとって、その誰かは山よりも海よりも、尊くて重いかけがえのない存在なんだよね・・・

「何千人のひとが亡くなった・・・」と、「今回の大震災が・・・」と
決してひとくくりではいってはいけない、
それはそれは重いひとりひとり・・・

結局のところ原発のことで、食べ物や水の心配がでてようやく当事者意識をもつような自分が
いまほんとに、ものすごく情けないです。
この地獄のような現実だけど、
被災地の皆さんが少しでも元気になれますように。
できることは精一杯して暮らしていこうと思います。

◆シンゴさん

> こちさん、すごく遅くなってしまったけどご無事でよかったです。

シンゴさん、ありがとうございます!
こちらはみんな元気です。

> 今回のお話、高度情報化社会と呼んでいた日本の、それがいかにもろいかと思い知りました。
> googleが頑張ってくれてたのは知っていましたが、あれってNHKの安否情報を含んでたんですね。
> NHK教育を見てたとき、この安否確認のシステムがもっと活用できればと思っていたのです。

Googleの身元確認情報はやっぱり早いですね。
避難所リストには載って無くても、GooglePersonFinderには載ってました。
ただ、現地の方たちがこの情報が見れないのが残念ですが。。
電気がないと、私たちは何もできないということなのでしょうか。
情報不足が一番の問題のようです。

> 南三陸、女川、大槌。今まで知らなかった土地。
> 町がどうなるのか、人々がどうなるのか、それはこれからの住民と政府のサポートにかかってるわけで。
> 彼女のお父さんの心意気に、精一杯の応援を送りたいと思います。

本当ですよね。
お風呂にも入れない状況で、あの足場も悪いところで作業していくわけですから
疲労もなかなか抜けないのではないかと心配です。
私なんか、一晩ヒーターつかなかっただけで、足が冷たくて寝付けませんでしたもん。
ダメダメですわ。

> 「生きてるだけでまるもうけ」
> 大阪のベタな言葉やけど、ほんまにそうやなって感じてます。

本当に、そうなんでしょうね。
軽々しく言うことではないかもしれませんが、
生きてさえいればやり直せることはたくさんあると思います。
生きているということを当たり前だと思わないようにしなければ、と
気を引き締めようと思っている今日この頃です。

◆はたやん

> よかったね。でも本当に言葉を失うよね。
> 避難場所にいらっしゃる方がたいへんなのはよくわかってるつもりです。
> でもほかにもたくさんいるんだよね。
> 「私みたいな障害者が避難場所にやっかいになったら迷惑をかけてしまうから」と1人頑張っている寝たきりの方をテレビで見ました。

自分の身に置き換えて考えると、やっぱり迷惑かけちゃうかなぁって思うし。
ましてや夜鳴きする赤ちゃんのお母さんなんて、避難所でどれだけ気を使うか。。。
究極の状況なんだろうね、本当に。
ワンちゃんが一緒だから、と車中泊をしていて、エコノミー症候群になった方の話もやってました。
それでも車中のほうが気が楽、ということなんだろうけど、つらいよね。

> 東京で買いだめなど自分のことしか考えてない人が多い中被災地の方々のがんばりには頭が下がります。

本当だよね。
こっちは家の中で生活できるんだもの、何とかなるよね。

> 宮城の父は水道がなく近くの人のために毎日水を町の井戸から運んでいるそう。腰が悪いのに。
> 電気が通るまでの一週間はおにぎりを配り歩いたそう(ガス釜なの)
> 母方の実家は半壊状態。でも避難場所が一昨日で閉じてしまい、プレハブの物置で寝泊りをすることに。

ぎりぎりの所で踏ん張っていらっしゃる。
早く春がきて暖かくなったらいいのに。
みんな本当に、一生懸命がんばってるから
これ以上がんばってっていえないよね。

> まだまだ。でも大丈夫。
> そう思って2日に1日、大地と手紙を書いています。

それが何よりだよ。
一番の力になると思う。
宅急便も宮城のほうは再開したよね。
たくさんたくさん元気を送ってあげてください。

◆reachiaさん

> 見つかって良かった・・・。
> ただそれだけしか言えませんけど、
> 他の連絡が取れない人もそうであることを祈ります!

本当に、リストに出てこないでも生きてらっしゃる方はたくさんいると思います。
皆さんが無事でありますように。1人でも多くの方が、身内にちゃんと会えますように。

彼女のお父さん見付かって本当によかった。ドキドキしながら読み進めたよ。彼女と一緒に被災地まで向かう弟さん、必死で捜索をするこち。わかる。みんなほんとに無事でよかった。
そんなたいへんだったことがあった直後だとも知らずに私もいろいろ自分の失敗のことで落ち込みメールしてごめんね。情報って必要だね。ネットワーク恐怖症になってたけどツイッターは始めてみようかな。。。
これで安否不明者の方々がこれからまだまだ見付かるって希望の光が見えてきたね。きっとこちのブログで元気づけられた人がたくさんいるよ。

◆massu

> そうか、私が落ち込んでたとき励ましてくれたこちさんだったけど
> この、真っ只中にいたんだよね・・・そんなことも知らずにごめんなさい。

なにさ、ぜんぜんそんなことは気にしないでくれ!
massuに声をかけながら、自分も元気になってた気がするよ。
この状況じゃ誰でも凹むさ~

> とにかく、今回のことは本当によかった。
> テレビとは違う、報道とはなんだか違うこの写真をみて涙がとまりませんでした。
> きっと、この写真は現実だからだと思います。

ほんとうにそんな感じだね。
音が何も聞こえないの、この写真。
ぞっとする怖さがある気がする。

> 震災で、津波で、ほんとに大勢の命が奪われたけれど、
> 「お父さん」は世界でたったひとり、「家族」もひとり。
> 誰かにとって、その誰かは山よりも海よりも、尊くて重いかけがえのない存在なんだよね・・・
> 「何千人のひとが亡くなった・・・」と、「今回の大震災が・・・」と
> 決してひとくくりではいってはいけない、
> それはそれは重いひとりひとり・・・

本当にそうだよね。
家が無くなっても、アルバム全部流されちゃっても
家族が生きてさえいればやり直せる気がするよね。
本当に本当に、よかったなあってつくづく思うわ。

> 結局のところ原発のことで、食べ物や水の心配がでてようやく当事者意識をもつような自分が
> いまほんとに、ものすごく情けないです。
> この地獄のような現実だけど、
> 被災地の皆さんが少しでも元気になれますように。
> できることは精一杯して暮らしていこうと思います。

私も身近に被災者がいなければ、今頃遠い場所の話で終わっていたと思うよ。
あのぞっとした感じを忘れないようにしなきゃなーって思うよ。
でも、何ができるか?何ができるか?って同じ場所を
ずーっとグルグル回っているような気もして、なんか焦ってる感じ(汗
とりあえず、うちのほうでも水の放射線でたっていうけど
ありがたいことに乳幼児はいないので、乳幼児もちの友達に
これから水を送りに行ってきます(笑
できることからひとつずつ、よね~

落ち着いたら、ゆっくり会いたいな。

本当に良かった!!
読んでいて涙が出ました。
他にもこうやって必死で探している人がたくさんいるんだよね。
祈ることしかできないけど、一人でも多くの人が無事に見つかりますように・・・

こんにちは。まずは無事で何よりです。

しかし写真を見て津波の力と恐ろしさいうのをまざまざと思い知らされました。

◆まおちん

> 彼女のお父さん見付かって本当によかった。ドキドキしながら読み進めたよ。
> 彼女と一緒に被災地まで向かう弟さん、必死で捜索をするこち。わかる。
> みんなほんとに無事でよかった。

ホントにね。無事じゃなかったらって思うと怖いよ。
あたしはPCと地図と電話に張り付いていただけだから
たいしたことは結局できなかったんだ。
もっとできたことがあっただろうって、すごい思う。

> そんなたいへんだったことがあった直後だとも知らずに
> 私もいろいろ自分の失敗のことで落ち込みメールしてごめんね。
> 情報って必要だね。ネットワーク恐怖症になってたけどツイッターは始めてみようかな。。。

何いってんのさ、久しぶりに落ち込んだチンみてビビッた。(笑
まだちゃんと話もできてなかったね、そういえば。
明日電話する。

ツイッターより先にfacebook入ってくれ(笑

> これで安否不明者の方々がこれからまだまだ見付かるって希望の光が見えてきたね。
> きっとこちのブログで元気づけられた人がたくさんいるよ。

まだまだ生きてるけどあえてない人たちいると思いたい。
どんなに心配だろうかと思うと、気持ち100/1も本当にはわかってないと思うけど
つらいね。

◆yu-yuさん

> 本当に良かった!!
> 読んでいて涙が出ました。
> 他にもこうやって必死で探している人がたくさんいるんだよね。
> 祈ることしかできないけど、一人でも多くの人が無事に見つかりますように・・・

本当に、そうだと思うんだ。
探してる人、たくさんたくさんいると思う。
なのに、無情にも身元不明者の土葬も始まって来てる訳で・・・
こんな辛い事が本当に起こってるなんてね。
怖いよね、本当に。

◆tw_dot_com兄さん

> こんにちは。まずは無事で何よりです。

ありがとうございます。
本当に良かったです。

> しかし写真を見て津波の力と恐ろしさいうのをまざまざと思い知らされました。

あの高さの建物の窓に瓦礫が入るということは、
一体何メートルまで水かさが上がったのか・・・
本当に恐ろしいことです。

はじめてコメントします。
私は大槌町吉里吉里の出身の主婦です。
今は神奈川に住んでます。今回の震災で地元の情報が全くなく、
ネットで探していた時に、このブログにたどりつきました。
お父さん無事でよかったです。家族の無事を確認するまでの気持ち、よく分かります。
私の両親、弟も震災から3日後、無事で小学校に避難していることが分かりました。奇跡だと思います。
だんだんメールも出来るようになってきましたが、辛い知らせもくるようになりました。遠く離れた場所で何も出来ないのが苦しいです。
早く行きたいのですが、今は難しいです。
詳しいレポートありがとうございました。最後の写真、実家からも見える鯨山です。覚悟はしていたけど、変わり果てた故郷の姿に涙が出ます。
これからは、前を向いて頑張らなければなりません。
彼女さんも頑張ってください。
大槌町情報待ってます。

ご無事で本当に良かった。本当に不安だったと思う。
被災地の人たちが1人でも無事でいられることを、そしてこれからの生活を築けること願ってます。

よっかったよ!

弟さんの女朋友、よかったですね。
今日もニュースで行方不明の人が何人っていう報道がありましたが、これって重複している可能性が大きいなって、こちさんの日記を拝見して思いました。
お互いに探していて、まだ探し当てられていないケースもあるんじゃないかと・・・

弟さんの女朋友のお父さん捜しに、こちさんが大活躍したってことも、とっても嬉しいです!

◆かわさん

> はじめてコメントします。
> 私は大槌町吉里吉里の出身の主婦です。
> 今は神奈川に住んでます。今回の震災で地元の情報が全くなく、
> ネットで探していた時に、このブログにたどりつきました。

大変なときにコメントまでありがとうございます。
今回の災害、本当に大変でしたね。
地元から離れているからこそ、心労も余計に大きいと思います。
その後、大丈夫ですか?

> お父さん無事でよかったです。家族の無事を確認するまでの気持ち、よく分かります。
> 私の両親、弟も震災から3日後、無事で小学校に避難していることが分かりました。奇跡だと思います。
> だんだんメールも出来るようになってきましたが、辛い知らせもくるようになりました。遠く離れた場所で何も出来ないのが苦しいです。

その3日間のかわさんの心中、さぞやお辛かったことでしょう。
ご家族がご無事で本当に本当によかったですね。
本当に、よかった。
被災地にいるよりも、遠くに離れて家族を思うほうが辛いようにも思います。
これから、遠くからやるべきことはドンドン出てくると思われます。
少しずつでも連絡が取れると、必要なものもわかるからいいですよね。

> 早く行きたいのですが、今は難しいです。
> 詳しいレポートありがとうございました。
> 最後の写真、実家からも見える鯨山です。
> 覚悟はしていたけど、変わり果てた故郷の姿に涙が出ます。
> これからは、前を向いて頑張らなければなりません。
> 彼女さんも頑張ってください。
> 大槌町情報待ってます。

鯨山って言うんですね。無残な橋げたが悲しい写真ですが、
これが今の吉里吉里の実情なんだと思います。
でも、彼女のお父さんを含め、皆さん復興に向けて毎日がんばっていらっしゃるようです。
現地の方たちも、遠くから応援する大槌の方たちも、
皆さん本当に強くて、頭が下がる思いです。
東北の人たちは我慢強いと言われますが、本当だなと思いました。
何を言ったらいいのか・・気の利いたことが全くいえませんが、
くれぐれも無理をなさらぬよう、お体ご自愛くださいね。
吉里吉里の家族の皆さんにも、早く笑顔が戻りますように。
大槌情報を得る手段を、私も探して行きたいと思います。
ありがとうございました。

こちさんちも、かなり家の中は散乱するほどだったけど、
それだけじゃなく、大変だったね。
でも本当に無事で良かったね!

私は静岡での地震の時に、ほんの15分とかだけど、すぐお姉と連絡が
とれないだけでテンパッちゃって、すごく辛かったんだよね。
被災地では、まだ連絡のとれない方も多いだろうし、
身内や知人で未だ心配して休まらない人も沢山いるよね。
いまだ何て言っていいのかわからないよ。

何だかまだテンションが今ひとつ戻らないよ、私。
原発も周りで行ってる人がいたりするのを聞くと、本当に胸が痛む。
マスコミやネットに踊らされないように冷静に・・・とは思うけど、
やっぱり心配だらけ。
そっちは大丈夫?!

ここんとこやっと地震酔いから解放された感じ。
TV局なんかでは、PTSDに悩む人が多いみたいだけど、
こういう写真を何枚もみたり、生の映像の編集作業が大変らしいじゃん。
TVには写せないくらい悲惨なんだろうね。
でもきっと桜前線が東北まで北上する頃には、今以上に復興に向かって
嬉しいニュースも聞けるようになっていればいいね!

なんか、まとまりのないコメントでゴメン><

◆dotch88さん

> ご無事で本当に良かった。本当に不安だったと思う。
> 被災地の人たちが1人でも無事でいられることを、そしてこれからの生活を築けること願ってます。

dotchさん、ありがとうございます。
彼女ちゃん、本当にほっとしたと思います。
それでも、地元ですから友達や同級生、
まだまだ見つかっていないのではないかと思います。
つらすぎますよね。
dotchさんのほうは、どうですか?
皆さん連絡取れましたか? 本当に大変なことです。

早く皆さんに笑顔が戻りますように。

◆ももママさん

> 弟さんの女朋友、よかったですね。
> 今日もニュースで行方不明の人が何人っていう報道がありましたが、これって重複している可能性が大きいなって、こちさんの日記を拝見して思いました。
> お互いに探していて、まだ探し当てられていないケースもあるんじゃないかと・・・

ももママさん~、彼女ちゃんもきっと一安心だと思います。
そうか、お互いに探していて会えないんであれば、
いつかは会えるということですよね。
ちなみに、お父様の名前はまだ避難者リストに載りません。
まだまだたくさんいらっしゃいますよね、きっと。

> 弟さんの女朋友のお父さん捜しに、こちさんが大活躍したってことも、とっても嬉しいです!

いやいや、あたしは本当にヤキモキしていただけで
実際大したことができなかったってのが実情です(汗
でも、本当によかったです(TT)

◆NONぞ

> こちさんちも、かなり家の中は散乱するほどだったけど、
> それだけじゃなく、大変だったね。
> でも本当に無事で良かったね!

家の中はだいぶ落ち着いたよ。
掃除して、かなりいろんなもの捨てた。
断捨離も一緒にやっちゃった感じ(笑

> 私は静岡での地震の時に、ほんの15分とかだけど、すぐお姉と連絡が
> とれないだけでテンパッちゃって、すごく辛かったんだよね。
> 被災地では、まだ連絡のとれない方も多いだろうし、
> 身内や知人で未だ心配して休まらない人も沢山いるよね。
> いまだ何て言っていいのかわからないよ。

ホントに、なんていっていいのかわかんないってのが本音だよね。
がんばれとも言えないし、大変ねってのも他人事みたいで嘘臭いし。
こんなひどいことって起こるもんなんだなぁって、
恐怖を感じるってのがホントのところかな。

> 何だかまだテンションが今ひとつ戻らないよ、私。
> 原発も周りで行ってる人がいたりするのを聞くと、本当に胸が痛む。
> マスコミやネットに踊らされないように冷静に・・・とは思うけど、
> やっぱり心配だらけ。
> そっちは大丈夫?!

ここは原発から125キロ。
ビミョーな距離なんだけど、今のところ大丈夫。
でも、さすがに子供たちが外で遊んだりしてないよ。
うちももっぱらインドアになったわ。とほほ。

> ここんとこやっと地震酔いから解放された感じ。
> TV局なんかでは、PTSDに悩む人が多いみたいだけど、
> こういう写真を何枚もみたり、生の映像の編集作業が大変らしいじゃん。
> TVには写せないくらい悲惨なんだろうね。

うん、そうだよね。
自衛隊の人たち、本当にすごいと思う。
きっと頭がおかしくなるような光景をたくさん見てると思うよ。
原発でもそうだけど、自衛隊ってすげーって今回すごい思った。

> でもきっと桜前線が東北まで北上する頃には、今以上に復興に向かって
> 嬉しいニュースも聞けるようになっていればいいね!
> なんか、まとまりのないコメントでゴメン><

いやいや、気持ちがすごいよくわかったよ。
ほんとに、時間かかると思うけど、徐々に生活が戻ることを祈るしかないな。

テンションホントにあがらないけど、お互いボチボチやっていこうね。
ブログもぜんぜん回れてないんだ。ごめん!!
後で遊びに行くからね。

はじめてメールします。私の実家は岩手県大船渡市。津波で全部流されました。現在は台北で学生の身分です。とある駐在員の奥さまからこのブログを聞き、今日初めて拝見しました。読み進めるうちにこのトピックにあたり、3月のことを思い出しました。まるっきり、同じ状況、同じ様子です。
うちの家業は乾鮑を台湾と香港に卸すこと。復興はいつになるかわかりませんが、私も中国語をしっかりマスターして、役に立つようにがんばります。
お邪魔いたしました。

◆みなりん!さん

あららららー!!
すっかりお返事が遅くなりまして申し訳ありません!
日々の生活に追われていまして、
自分のブログなのに全くチェックしていませんでした~(汗

> はじめてメールします。私の実家は岩手県大船渡市。
津波で全部流されました。現在は台北で学生の身分です。
とある駐在員の奥さまからこのブログを聞き、今日初めて拝見しました。

わざわざコメントありがとうございます!
大船渡、かなりひどいようですね。。。
そんな中での留学、本当にご心配でしょう。
私も未だにツイッターで岩手の情報を追いかけています。
大槌はまだまだ復興が出来てきておらず、
話を聞くたびに”こんなに時間が経っているのに・・”と
辛くなります。

>読み進めるうちにこのトピックにあたり、3月のことを思い出しました。
>まるっきり、同じ状況、同じ様子です。
>うちの家業は乾鮑を台湾と香港に卸すこと。
>復興はいつになるかわかりませんが、私も中国語をしっかりマスターして、
>役に立つようにがんばります。
>お邪魔いたしました。

こんな状況の中でのみなりんさんの前向きさ、頑張りには
頭が下がりますね。(涙
うまい言葉すら見つかりませんが、
本当にがんばってください。
きっとご実家もみなりんさんのがんばりに希望をみていると思います。
海外暮らしも大変だと思いますが、色々とがんばってくださいね。

私も忙しいなんて言ってられませんね。
がんばります。みなりんさん、ありがとうございます!
これからのご活躍、楽しみにしています。

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